山形旅行(赤湯・高畠)2014.11.8-10

〜 生誕の地「高畠町」、赤湯温泉への旅 〜




 今回の旅は、生まれて初めて、50年ぶりに生誕の地へ旅行しました。

 山形県高畠町で生まれ、5歳ころに相模原市へ転居。

 小学校も1年生から相模原市で入学しましたので、高畠町への哀愁はほとんどありませんので、今まで行ってみたいとは思っていません。

 田舎で法事などがあっても、親が行けなくなった後は、長男の兄が行きましたので、私が行かなければならないことにはなりません。

 しかし、兄もだいぶ歳を取ったので、元気なうちに山形を案内してもらうことにしたのが、今回の旅行です。

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 東京駅から山形新幹線で赤湯まで行きました。新幹線は、赤湯でも、隣の高畠でも停まるのには驚きです。

 朝食は東京駅で「深川めし」の駅弁を購入。

 亡き母が兄と帰郷する際に、よく食べたとのことで、なんとなく懐かしい気がする。

 赤湯に着き、最初に行ったのは「夕鶴の里」です。

 写真の女性が、山形弁で、夕鶴などのいろいろな民話を語ってくれます。







 夕鶴の里の近くに建つ珍蔵寺に紅葉を見に行きました。

 鶴の羽で織った織物が寺の宝物となっているそうです。

 階段を登っていくと本堂があり、その裏庭の紅葉がきれいらしい。









 残念ながら、時期が少し遅かったようで、すでに雪囲いがされています。

 まあ、それでも、紅葉のきれいなのは分かります。










 寺の前には、黄色のいちょう、赤いもみじ等がたくさんあり、とてもきれいです。










 赤湯温泉いきかえりの宿「瀧波」に泊まりました。

 米沢牛のステーキを含め、色々な料理が出ましたが、写真に写っているのが何だったか忘れました。










 早朝5時ごろに、瀧波の御主人が運転するマイクロバスで、近くの山の上に連れて行ってくれました。

 下界の平野が見渡せる山上でコーヒーのサービスがあり、朝食前の山上の散歩は得した気持ちになります。

 宿に戻って、山上に行った人も、行かなかった人も、みんな一緒に、朝食は大広間でみんなで餅をついて食べます。

 つき立ての餅を、きのこ汁のお雑煮、ずんだ豆、あんこ、納豆、大根おろし、等々いろいろな味で餅が楽しめます。










 南陽市の菊まつりに行きました。

 瀧波の御主人が菊まつりの会長(?)をやっているそうです。

 この日も早朝から、伊豆で開催される菊花展に呼ばれているそうで、餅つきの途中から退席。









 高畠町の貞泉寺です。

 50年前、この門の向かって左側に小さな平屋の家があり、そこに私は5歳くらいまで住んでいたそうです。

 5歳の記憶なので、写真を見ての記憶なのか、家族から聞いた話の記憶なのか、はっきりしません。

 記憶では、家から物置小屋まで100m位だと思っていましたが、実際は20m位しかなかったそうです。

 今では、家の下にあった防火用水の池もなくなり、家の横の小川もコンクリートのフタの水路になっていました。

 ただ、兄が言うには、引っ越す記念に釘を打ち込んだ大きな切り株は、朽ちていましたが残っていました。









 今は廃線となった高畠線の高畠駅です。50年前この駅は糠ノ目駅という名前だったそうです。

 兄の話だと、山形を立つ日に、貞泉寺の奥様がこの駅まで車で家族を送ってくれたそうです。







 旧糠ノ目駅の周りを散策し、「つけものと手打ちそばの伊澤」で昼ごはんにしました。

 お店は座敷で、結構繁盛しています。

 みんなで食べた鴨せいろ。

 寒い中で、冷たいせいろだけではチョットと思い、温かい汁の鴨せいろにしました。

 鴨の出汁が出ていて美味しかった。










 2日目は貞泉寺近くの旅館エビスヤに泊まりました。

 エビスヤの向かいにある酒屋で、家の隣にあった「みつや旅館」のことを聞いてみましたが、記憶にないそうです。

 50年前の話ですから、無理もありません。

 山形の食事はみんなしょっぱかったです。写真の塩鮭、漬物、味噌汁みんな塩分の取りすぎです。











 これでおしまいです。



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